付和雷同
メディアで何らかの意見を見聞きしたとき、「もっともだな」と思うこともあれば「あぁ、こういう考えもあるんだな」と思うこともある。もちろん「ちょっと違うんじゃないか」「これはおかしい」と思うことも。
ネット、とくにブログやSNSが浸透して、自分の意見が簡単に発信できるようになった反面、オピニオン・リーダー的な一部の人の意見に対してすぐに追従する雰囲気(同じ意見でない人は「おかしい」とかえって反感を浴びてしまうような)を感じることが多くなってきた気がします。
いろんな価値観があるし、どちらが正しいと、一概に言えないものもたくさんあると思うのだけれど、そんなことは迂闊に言えない雰囲気というか・・・。
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私が小学校高学年のとき、担任の先生はちょっと面白い人でした。
仮説を立てて、討論して、実験して、また討論する・・・、というような授業をしたり、大人が勝手に枠を決めないよう気をつけてくれるような先生。討論についても、どちらが正しい・間違っているという結論をつけずに、翌日にそれぞれの生徒の意見(感想)をわら半紙にまとめてくれていました。
ある日、チューインガムを使った実験をしました。印象に残っているのは、その日の授業の感想文。
みんなが(もちろん私も)「チューインガムが体に悪いことが分かりました。もうガムは食べないようにしようとおもいます」みたいな感想を書いていたなか、男の子がひとりだけ、
「それでも、ボクはガムを食べ続けます!」
と書いていたのです。
それを読んだとき、「体に悪い」とか「もう食べるのをやめよう」という大多数の意見に、自分がただ流されていたことに気づきました。「これからも食べる」と言うことで、自分だけが異端に見られるのではないかと恐れていたのではないか、と。。。
もちろん、書いた当初は、「もう食べない」と純粋に思っていました。でも、頭のどこかで「全員がそう書くだろう」と思い込んでいたのです。
実際にはどうか?・・・その授業後しばらくしてから、やはり私はガムを食べました。その後も、何度か口にしています。確固たる決意のもと、感想文を書いたわけじゃなかったということ。
ガムを口に入れるたびに思い出す、あの感想文と苦い感覚。
付和雷同しない勇気。人それぞれに違う意見があると認める強さ。その違いを許容する優しさ。
私は自分の子供に、こんなことをうまく伝えられるんだろうか・・・
子供を育てることになった今、改めて、先生に会いたいなぁと思います。
三角をふたつあわせて四角にしたり、半円をふたつあわせて丸にしたり(ここまではさほど驚かず)、そればかりか、扇形をよっつあわせて丸にしたりしてるじゃないですか!!



